男は部屋に佇む
#1
男は椅子に座っていた。
椅子というか、キャンプなんかでよくあるアルミのフレームに布を引っ掛けてつくるアウトドアチェアである。
足元には、窓から差し込む小さな太陽で日向ぼっこをする愛犬。
平日、十時四十四分。
男は自宅の二階にいた。
働きたくない気持ちを拗らせて、会社を休みもうすぐ一年。
病院で「鬱病」の診断書を書いてもらったが、男は自分がもはや鬱病なのかどうか分からなくなっていた。
「働きたくない」
ただ、それだけが男の心にあった。
もうすぐ、20年前に出たゲームのリマスター版が発売される。
このゲームをできる時間が奪われてしまうのは嫌だ。
まだ、俺はここにいたい。
この世界にしがみついていたい。
周りの景色が移ろぎ、全ての事象から置き去りにされている現実から目を背ける。
春からやっていた朝ドラも、最終回になった。
画面の中の主人公は自分の道を進んでいる。
(おれもこんなになれたらな)
男は今日も、部屋に佇む。
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